SSブログ

米国で愛されていた日本車 [クルマ]

米国で愛されていた日本車Violet.jpg

米国の友人たちの中に、軍人や元軍人がいるのだが、彼らは男性とは限らない。彼らは一様に落ち着いており、鷹揚であり、めったなことで怒らない。これは私の友人たちに限った個人的な印象であり、帰国してから様々な問題で苦しむ元軍人たちは珍しくない、という事を知ってはいる。ここでは彼らと日本車に関する話をしたい。

私の同僚にあたる人がいて、彼は小柄だが引き締まった体をしており、思いやりのある、大人っぽい、すごくいい奴だった。実際に私に何かをしてくれたわけではないが、彼のおかげで私の人生が豊かなものになったことは間違いない。彼は元軍人によくあるようにクルマが大好きであり(Car guyと称する)、クルマがらみの税金が安い米国の田舎町で、3台のクルマを維持していた。そのうちのメインのクルマがNissan Maximaであり、“どうだすごいだろう、こいつのエンジンは、、、”と満面の笑みをたたえながら愛車を見せてくれたものだ。真っ黒な車体はピカピカに磨き上げられており(雪が降る地域ではありえない、彼の超人的な努力のタマモノ)、得意げにきちんと整備・掃除されたエンジンルームを開けて長い説明を聞かせてくれた。彼は愛国心の塊のような人だったが、クルマに関してだけは米国製品を評価せず、日本車(現地生産だが)以外はBritish light-weight carだけを愛していたように記憶している。彼の奥さんはかなり年下の、しかも秋葉原にいそうなコスプレのような服を着ている、やせて小柄な美人であり、彼のような人はいっそ日本に住めば幸せになれるのに、などと思ったものだ。しかしその後彼は米国の片田舎に牧場を買って、家族とともにのんびりとした暮らしを楽しんでいると聞いた。これは地方の米国人の、社会的に成功した典型例の一つなのだと誰かに教えてもらったのだが本当だろうか。なるほど、日本とはずいぶん違う。彼はもう私のことは覚えていないかもしれないが、今でも彼には感謝している。

どうしても忘れられない人がもう一人いる。この人もおそらく元軍人(Vet.と称する)だ。友人ではないので、彼についてあまり詳しいことは知らない。この人は体に何らかの問題があるらしく、頻繁に大学病院を訪れていた。なぜそんなことを知っているかというと、いつも“すごいクルマ”を大学病院の前に停めていたからだ。彼は痩せたあまり背の高くない人で、身なりは失礼だがあまり整っていなかった。頭はいつもぼさぼさであり、茶色いひげも手入れをされないままにモジャモジャと長く伸ばされていた。現地は冬になると大変冷え込むため、住人達は冬には必要最小限しか外に出ないし、外出の際は例外なく分厚い外套を着こむのだが、彼はちょっとしたジャンパーをきて、帽子をかぶり、ジーパンをはいているだけだった。いつも同じような服装をしていたが、あれでは暖かいはずはない。あまり裕福な人ではないのだろうな、と、勝手に失礼な想像を働かせていた。しかしそれでも米国なので、生きていくためにはクルマが必要だ。この人が選んだクルマが、Nissan Violetなのだった。ひょっとすると米軍関係の人たちは、Nissanが好きなのかもしれない。

この人のVioletはものすごかった。昔は緑色であったと思われる塗装はいたるところがいたみ、はげ、艶などは全くなく、錆び隠しのためか何度も塗りなおしてあり、塗ってある塗料もまちまちであるらしく、極彩色のようになってしまっている。ドアの下の方にはたくさんの穴が開いており、クルマの内部がよく見える。内部にある椅子も椅子の体をなしておらず、もとはなんだったのかよくわからない、毛布のようなもので覆ってあった。このクルマを、彼はいつも嬉しそうに眺め、車体に寄り添って大切にしていた、というか、そのように見えた。実際にそのクルマが走ることができるのかどうか知る由もないが、ちょくちょく見かけるということは、実用に耐えていた、ということになるのだろう。一度だけエンジンがかかった状態で彼のVioletを見ることができたのだが、薄紫の煙を吐いているマフラーからは、かなり派手な音がしていた。そうか、だからエンジンをすぐに切ってしまっていたのか、たったいまそのことに気が付いた、、、。

彼がそのクルマとどんな時間を過ごしたのか私には想像もつかなかったが、彼にとっては唯一無二の存在なのだろうと思った。あんなに大事にされて、徹底的に使い込まれ、おそらくは愛されていたであろうクルマは他に知らない。あんなにぼろぼろになってまでもオーナーのために走り続けるクルマも他に知らない。彼はあまり裕福には見えなかったが、幸せそうでなんだかうらやましかった。

何度も彼と、彼のVioletを見かけることがあった。彼はいつもVioletの中に座っていたり、そばにいたりしたので、勇気を出して話をしてみたかったのだが、彼の外見がかなり変わっていたため、正直勇気を出すことができず、結局親しくなるチャンスはなかった。しかしあれから何年もたった今でも、彼のことを思いだして懐かしいような情けないような気持になる。あれはクルマとヒトの、究極の共棲の形だったのだなあ。

タグ:violet NISSAN
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:自動車

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0