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高価な楽器を購入する話 4 [雑文]

高価な楽器を購入する話 4

いろいろあって、邦人制作家の手になる楽器を手に入れることをあきらめざるを得なかった。日本には長い長い木工の歴史があるため、日本人の職人さんの木工技術は間違いなく世界の最高峰に属する。だから非常に残念だ。しかし頑固な自分を変えることは出来ないので仕方がない。他の可能性を探るしかない。前に進もう。以前にも書いたのだが、諸外国の制作家に相談し、結局オランダの、体の大きい、やる気のある人に賭けてみることにした。

私がどんな音楽が好きで、どんな楽器を必要としているか、辛抱強く相談に乗ってくれ、値段の交渉を終えた後に結構ゆるい契約書を取り交わして制作を始めてもらうことになった。数ヶ月に及ぶ製作期間中は、制作過程を事細かに何度も写真で知らせてくれ、質問やリクエストには何でも答えてくれた。当初はトップ(表面版:ギターの命で最も大切な部分)を薄いラッカーで塗ってもらう約束だったのだが、“この方が音がいいし、君の好みにも合うだろう”といって、先方の判断でフレンチポリッシュに変えた(フレンチポリッシュのほうが手間暇がかかる高級な塗装)以外は、まさに相談した通り、私が望んだとおりの楽器を作ってくれた。最終的に彼が提示した基本モデルを10か所以上変更したのだが、代金は変えない、という。この過程でこの人をほぼ完全に信頼していた。もう将来楽器で困ることは無いな、と安心した。楽器が壊れたら修理をお願いできるし、もう一つ同じものを作ってもらってもいいわけだから。

とにかく約束の日時を少しオーバーして楽器は完成した。写真で見る限りたいへん美しい仕上がりで、どんな音がするのか楽しみだった。これを遠路はるばる日本まで送ってもらった。汚れた段ボールとぼろきれに包まれて、美しいケースで保護されて楽器は到着した。オランダから日本まで、税関での処理にかかる時間を除けば僅か2日で到着だ、素晴らしい。

到着した楽器をすぐにケースから出したかって?それはトウシロウというものだ。特に気密性の高いケースを使っている場合は外気との温度や湿度が大きく異なっていることが多いので、ケースについている蝶番を少しずつ開けて、部屋の空気となじませてから開けるべきであることは常識だ。冷え切った楽器を温かい部屋の中でいきなりケースから取り出したりすると、楽器に水滴がついて、特にフレンチポリッシュの場合は取り返しがつかないことになる。フレンチは、音は最高なのだが、とっても繊細で柔らかい、扱いの難しい仕上げなのだ(塗装で楽器の音は大きく変わることは常識だ)。

ともあれ、そのような儀式を経て楽器をケースから出した。フレンチポリッシュ特有のオリーブオイルの(ような)かほりにうっとりする。(フレンチポリッシュは、インドあたりのカイガラムシが分泌したシェラックと呼ばれる樹脂、木目を埋めるための細かい軽石をすりつぶしたもの、オリーブオイル、などを使って行われるのが基本なので、そのようなかほりがすることが多い。ただし現代の制作家が原法に忠実に作業しているかどうかは疑問)トップの仕上げは、見かけもかほりも、確かにシェラックを使ったフレンチポリッシュに間違いない。しかしトップに深い傷が数条、、、。血圧が上がる。他の部分は大丈夫なのか?

サイドやバックは、長く使うことを考えて、現代的なアクリル系の合成樹脂を使って薄めに塗ってもらったのだが、ひっかいたような傷やへこみ、更には木の欠け(チップと称する)なども数か所見受けられる。直線がきちんとした直線に仕上げられておらず、曲面も理想からはほど遠い、ぼこぼことした仕上げになってしまっている部分が数か所あった。指板にもフレット打ちの際につけられたと思われるハンマーの打痕が複数。さすがにこれは受け入れられない、、、、。いくらお金を払っていると思っているんだ!日本でこれを店に並べても、買ってゆく客はいないだろう。がっくり、残念だ。制作家の選択を誤ったのかもしれない。実物を見ないでオーダーする冒険は、やはり失敗に終わったのだろうか。

ケースを開けてたった5分でがっかり、意気消沈しつつ、それでも楽器の音を試してみた。この楽器はサウンドホールを小さく楕円形に作り、その代わりにボディのサイドにホールを二つ設けて高音と低音をステレオのように響かせてみよう、という、意欲的かつ実験的な作品だ。手にとって弾いてみると、、、その音は素晴らしかった。低音から高音の分離とバランスがよく、右手のテクニックで様々な音を引き出すことが出来る。全体に弾いた感じがやや固く、ボリュームはやや不十分で、思った通りに音の大きさをコントロールできる印象が薄いが、できたばかりの楽器だからしかたがない、弾きこめば何とかなりそうだ。遠達性はたいへん優れており、人前で弾くには適しているように思われる。ものすごく丈夫に作ってあるネックはやや太めで、手なずけるのには時間がかかりそうだが、文句はない。仕様通りに削ってくれてある。いつも弾いている曲をいつも通り弾いても、全ての音がきれいに響いて、自分の腕が上がったようだ。これはスゴイ。指が痛くなるまでずっと弾いていたい。ついニコニコと笑ってしまう。やはり良い楽器を弾く、というのは上達したい演奏家にとっては大切なことなのだなあ、と実感する。怒りをさまして、手にした楽器を冷静に評価してみると、時間をかけて納得がゆくまで相談しただけあって、設計自体は成功しており、素晴らしい音がする楽器だ、と結論してよさそうだ。

どうしたらいいだろう?楽器を目をつぶって弾いていれば文句はない。気持ちがよくってついついよだれを垂らしてしまうほどだ。しかしこいつをなでたり眺めたりするとがぜん不幸な気分になって楽器をしまいたくなってしまう。このままこの楽器を一生大事に弾き続けてゆく気にはなれなかった。

先方は、送った楽器を私が気に入ったかどうか、返事を待っているのはわかっていた。しかし何と伝えるべきか腹が決まらず連絡がためらわれた。日本人としては誰に対しても礼儀正しくありたいので、結局“音はいいのだが、制作上の問題が多すぎる。いくらなんでもつくりが雑だ”“今後どうするか考えたい”“頭にきているからもう数日して落ち着いたら連絡する”とメールを送った。

先方の反応は迅速で誠実だった。“連絡をくれないので気に入らなかったのだと想像して気をもんでいた”“気に入らないと言われたことはあまりない”“希望に沿って最善の対応をする”“返送してくれれば代金を返却してもいい”と言ってきた。この人は見かけによらず人柄のよい人のようだ(クマのような巨体、ウツボまなこで髪はもうあまり残っていない)。今まで何度も日本人に楽器を制作してきており、日本人の顧客を大切にしたい、という意向も伝えてきた(日本人向きの価格は高めに設定しているのかもしれない)。

その後ものすごくいろいろなことを考え、“あなたを選んだ私にも責任がある”“代金は払うからもう一つ同じものを、ベストを尽くして制作してくれ”“2台目は値引きしてくれると嬉しい”“嫌ならそういってくれ”とメールで伝えた。彼は納得し、割引した値段で最善を尽くしてもう一度制作してくれるとのことであった。

話がついたので、2台めの制作にGoを出し、再び楽器が仕上がってくるのを心待ちにする日々にもどった。最初にお願いした邦人制作家の場合は、半額以上のデポジットを払って、半年なんの連絡ももらえないままに待たされて、残念な結果になってしまった。彼の私に対する対応は、あまりほめられたものではなかった、と今でも思う。今度はオランダ人の制作家にお願いして4カ月ほど待ったが、1回目は失敗した。残念だ。次の楽器はどうなるだろうか。

私の腹はもう決まっている。彼の私に対する態度は誠実で、対応は満足のゆくものだった。おそらく彼が生きている限り、これからもそうだろう。だからどんなにとんでもない楽器が送られてきても(可能性は高い)、彼が“これが俺のベストだ”と言うなら、制作してもらった2台の楽器を大切に弾いて、壊れたらオランダまで送って修理してもらい、墓場まで持ってゆくつもりだ。

人付き合いってそういうものだと思っている。

タグ:ギター
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