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高価な楽器を購入する話 6 [音楽]

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右手で弦を弾くあたり、私の新しい、しかしちょっと傷が多い楽器の表面板は、素晴らしい杢目のスプルースが使ってあり、フレンチポリッシュで芸術品のように美しく仕上げてあるのだが、わずかに縦に色が変わっている部分があるような気がしていた。しかし楽器を弾いていると、低音弦の影が表面板に落ちるので、その変化を意識することは無かった。そもそも楽器を弾いている時に、そんな細かいことを気にすることはない。楽器はあくまでも弾いてナンボだ。それなりの値段の楽器だし、問題は多いが何よりもまっさらの新品だ。楽器が自分に、自分が楽器に馴染むまでゆっくりと丁寧に、無理のない範囲で隅々まで弾いてあげる事だけを念頭に、日々楽しく楽器と遊んでいた。クルマでいう“慣らし”のような状態と思ってもらえればいい。ある程度弾きこむまでは、思い切りかき鳴らしたりしないほうがいい、というのが私の考えだ。なにごとも、段取りは大切にしたほうがいい。

私は楽器を愛するおじさんなので、所有する全ての楽器はいつもピカピカで、温度や湿度の管理もばっちりだ。楽器ケースの中には温度計や湿度計を入れてあり、加湿器に至ってはアメリカから個人輸入したものをケース内に、国産専門メーカーのものを楽器部屋で使用している、というありさまだ。おかげでこれまで、値段にかかわらず、楽器の木部にトラブルが起きたことは無い。正直に言うと、高層マンションに住んで、湿度の管理をしなかった頃にネックを曲げてしまったことが一度だけあるのだが、それに懲りて学習した。今でも僅かにネックが曲がった楽器は手元にあり、たまに弾いて愛でている。

他の分野の木製楽器のことはよく知らないが、ギターに関して言うと、“最初の冬を越せるかどうか”というのは非常に重要だ。ローズ、スプルース、マホガニー、エボニー、ハカランダ等々、産地も特性も異なる材を、膠などを使って半ば無理やりに貼り付けて組み合わせ、様々なストレスをかけながら、強引に一体として振動させるのがギターという楽器なのだが、そもそもその設定からして無理がある。特に表面版に使われるスプルースなどは、多くの場合一枚の板を薄い2枚の板に割って、左右対称にはぎ合わせた後に(ブックマッチと称する)ものすごく薄くそがれる。具体的にいうとこれは電球の光が反対側に届くくらいの薄さだ。裏側に力木を張り付けてあるとはいえ、この表面にブリッジを介して弦を取り付けてグワングワンと振動させるなど、壊してくださいと言わんばかりの悪魔の所業だ。

振動することが命のスプルースでできたトップ、音を反射させるための固くて薄いバックやサイドのローズ、この薄い板を組み合わせて作られた箱の体裁をなしたボディにマホガニーでできたネックが複雑なあり溝を介して取り付けられ、そのネックに指板になるエボニーが乗せられる。ブリッジは今やほとんど合法的な手段では手に入らない希少なハカランダ(ブラジリアンローズウッド:私の楽器の場合。多くの場合エボニー)だ。これらの木部に牛骨で作られたナット、ブリッジ、それから金属であるフレットなどが組み合わされてギター本体が作られているのだが、さらに金属とプラスチックで作られたマシンヘッドをねじくぎで強引に搭載して楽器として成立させる、それがギターだ。

こんなに複雑なつくりの木製楽器が、作られてすぐに各部が落ち着き、相互に合理的に響きあって美しい音を奏でてくれるわけがない。一定期間木部が伸びたり縮んだり、曲がったり元に戻ったりしてアバレて、落ち着くまでは長い時間がかかるものだ。運が良ければ板が割れたりせず、そのうち一体となって、楽器というシステムが完成する。つまり、振動すべき部分は振動し、そうでない部分は振動する部分を助けることで、全体として合理的な弦の振動の拡声器やフィルターの役割を果たすようになるわけで、その後数十年間は楽器として安定した状態が保たれ(一般に50~100年程度)、そのうちやがて“弾きつぶれた”状態となって楽器としての役割を終えるわけだ。それがギターの一生だ。

この木部の狂いは制作されて最初の年、特に乾燥が進む冬季におそらく最大となるものと思われ、薄くて柔らかくて繊細なトップが割れたり、力木(ブレーシング)がはがれたりするわけだ。ネックがある程度曲がることなどは、アタリマエといわなければならない。これらの木部の狂いは、経時的に収束することもあれば、そうでないこともある。だから、楽器にとって”最初の冬を越す”ということは非常に重要で、この時期を無事にやり過ごすことができれば、その後大きな問題が起きるリスクはぐっと減ると私は考えている。”初体験”?はやはり重要なのだ。

というわけでかなり神経質に温度や湿度の管理をしていた私なのだが、ある時ついにトップの異常に気が付いてしまった。弦に対して平行な方向に、細い細い”割れ”を発見してしまったのだ。指で軽く触れてみると、確かに僅かな段差があるように思われる。強い光を当ててみると、薄いトップ全体が割れているわけではなく、何故か塗装をしてある表面側だけが割れている、、、これは悲しい。現状では音に影響はないが、このまま放置すれば割れが進行してゆくことは火を見るよりも明らかだ、、、、。見て見ぬふりをすることは出来ない。

”俺は高い金を出して、何か月も待って楽器を買ったのに、手に入れた楽器は音はいいけれど傷だらけで、最初の冬が越せなかった、、、”なんというBad Luckだろう、としみじみと落ち込んだ。最近いいことないぜ。しかしやはり考えるよりも行動だ。それが私の人生の基本だ。数日で地獄の底から復活した私は、デジカメで写真を撮り、それを早速制作家に送った。”最初の冬が越せなかったよ、、、””直せるかい?”と。彼を責めることはせず、大変がっかりしていること、楽器のことを心配していること、等を淡々と書き送り、対応を相談する形にしてみた。

彼は、”表面板は薄いし、古いし、割れることもある””楽器がダメになるわけではない””多分きれいに直せるから、送ってくれればあとは全て面倒を見る”と、なかなか誠実な応対をしてくれた。向こうからみれば面倒な客だろうと思うが、人生最後の楽器を手に入れようとしている自分も必死だ、、、。こういうときはやはり、外国は遠いと思う。しかし個人制作家から楽器を買うと、親身な対応が期待できる。だから、手工の楽器の購入に関しては、楽器屋さんに高いマージンを落とすよりも、制作家にできるだけお金を渡したい、と考えてしまう。

大きな段ボールを買い、苦労してハードケースを包み(高価なケースなのでこれを傷だらけにするのは得策ではない)、郵便局と相談して取りに来てもらった。いつも思うのだが、普段愛用しているヤマトの人たちはそれなりに身なりが清潔で感じがいいのに、郵便局からの人たちは、タバコの臭いがビンビンで、汚れた服装をしているのはなぜ?、、、まあ、それはいい。郵便局を使って楽器を外国に送ったことは何度もあり、これまでに問題が起きたことは無いのでいまのところ信頼しているのだ。それで現在、私の愛する楽器は日本からオランダに向かっているところだ。いい子になって帰ってくるとよいのだが、、、。

楽器は二つとして同じものはない。同じ制作家で、同じ値段のものであっても、弾いてみると明らかに違う音を奏でるものだ。それは演奏する側のレベルが私程度のアマチュアであっても明らかに感じることができる。だから安い楽器が音質で高い楽器を凌駕するようなことが日常的に起きうる。好みの問題もあるし。そうであるから、特定の一つの楽器が好きになってしまうと、それに代わるものは二つとない。楽器は取り換えが、基本的には効かないなものだ。この辺りは人間付き合いと似ている。二人と同じ人がいないように、すべての楽器はユニークな存在なのだ。そのあたりがニクイ。楽器の世界からいい年をして足を抜けない一つの理由なのだろう。

かつて某有名邦人制作家に楽器の制作をお願いした。日本でギターを制作する歴史は長いとは言えないが、わが国には長い長い木工の歴史と伝統があり、強迫的な国民性のおかげで、専門家によって生み出される木工製品は、機械で作られたかのように正確に作られている。だから日本人である私は、国産で品質の高い楽器を手に入れたかったのだ。お金を沢山払うことで制作家の技術とこだわりを使わせていただき、信頼できる楽器を手に入れ、なによりも演奏することに時間とエネルギーを使いたかった。壊れたら作ってくれた人にお願いして直してもらえばいい。しかし大枚を積んで、何の連絡もないままに半年以上待った末に手に入れた楽器は、到底満足がいかないものだった。フレンチポリッシュは複数個所に塗りムラがあり(難しい仕上げであることは確かだが、木部が直に見えてしまっているのは到底容認できない、オハナシにならない)、ナットの周囲などの重要な木部に欠けが数か所。ネック周りには小刀の刃の跡が数か所残されており、ブリッジには弦を張り間違ったような傷が。高音を出すために延長した指板は専門家の手になるとは思えないほど稚拙に処理されていた。そして何よりも、フレットを磨くときに指板を保護するために張っていたテープの後がべたべたと残されており、いい加減で雑な仕事をされた、という嫌な印象を受けた。悲しかったね、オレは。

いわゆる”作家もの”ではなく、例えば河野とかヤマハとか、品質管理が高いレベルで保たれた、有名なメーカーのものを購入すればよかったのかもしれない。何度も自分の選択を後悔した。しかし楽器はあくまでもパーソナルなものだ。工業製品ではないのだ。このまま良い結果が得られるまで頑張りたい。
<その後のライブな経過>

郵便局のおじさんの言うとおりに書類を書き、結構な額を払ってEMSで楽器を送ったのだが、オランダのの税関から、”書類が足りない”と制作家に手紙が来たとのこと。彼の話によれば、楽器の輸送は数週間滞る可能性が高い、という。なんということだ!指示の通りに書類を整えて送ったのに。しかし外国に物を送るということはこういうことなので、”時間はかかってもいい””よろしくお願いしたい”と、先方(制作家)に対処をお願いした。誠実に楽器の面倒を見てくれていてありがたい、、、。

その後2週間以上たったが、いまだに通関できていない。オランダの税関って何?楽器はどうなっているのだろう。ヒビがひどくなっているのではないか?

さすがに不安になってきた。いまごろあの子はどうしているのだろう?寒がったり熱がったりしていないとよいのだが、、、。

3週間目に突入!さすがに心配したのか 制作家が連絡をくれた。悪いねって。でも彼のせいではないから仕方がない。EMSは情報をくれない。不安。

今日、ついに制作家のところについたと連絡が!楽器は上々のコンディションであるとのこと。検査するので一日待て、と言われた。楽しみに待つことにする。

ヒビは簡単に直せるというが、以前に指摘した塗装の問題は、”これはひどい、醜い、やりなおすよ!”とおっしゃる。検品しなかったのかあんたは!しかし笑ってすべて任せることにした。

-to be continued-
タグ:ギター
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