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谷保 大黒屋そば店 大もり  [日本蕎麦]

5月某日 谷保 大黒屋そば店 大もり 700円

このお店に来ることはないと思っていた。詳述は避けるが、お気に入りの作家である山口瞳が住んでいた谷保にあるお蕎麦屋さんだからだ。山口瞳が通ったかどうかは知らない。なんだか谷保という土地に対する思い入れが濃くって、気軽に足を向けることができないのだ。最近何度か仕事で訪れる機会はあったのだが、その際も気になっていたこのお店を訪れることはできなかった。心が自由になれない、というかなんというか。今回はいろいろな偶然が重なって、幸運にもここを訪れることができた。本当に運が良かった。かなり無理をして、いつものルールを破って、車でお店に。道沿いにあるお店なので、駐車場はないのかな?と勝手に思い込んで、コイン駐車場に車をとめた(実際は駐車場は確保されている)。てくてくと歩いてお店を探す、、、、あった、、、これが大黒屋だ、、、。感無量だ。

からりとアルミの戸を開けて、暖簾をくぐってお店に。想像よりもずっとこじんまりしたお店だ。テーブルが数台、さらに小上がりがある。全体に和風の雰囲気が漂っており、あまり新しくはないがお蕎麦屋さんならではの清潔感が漂っている。これは期待してしまう。東京の外れにあるお店なので、神田のお蕎麦屋さんのようなお蕎麦ではないだろう。山の中にあるわけではないので、野趣にあふれる山蕎麦のようなものでもないだろう。どんなお蕎麦なのだろう。小柄で感じの良いおかみさんに、いつものように大もりをお願いした。まだちょっと緊張している。

黒っぽいお盆に乗ったせいろ、蕎麦猪口、とっくり、薬味の小皿、といういつものオールスターが供された。お蕎麦は都心のお店と比較して大目にもってあり、確かに大もり、といえるだろう。拝見するに、細目でかなり長め、色白でよく見ると細かい星。角が鋭くたっている。しかし幅がそろわない端っこの部分もわずかに含まれている。お店で機械で打っておられるのかな?と想像する。二八っぽいかほり。つなぎはあまり感じさせない。ほのかな、上品なかほり。このままでももちろんいけるレベルだ。なんというか、良心的なお蕎麦だと思った。そのまま数口、手繰らせていただいた。濃厚ではないが、おいしい。いける。

蕎麦つゆはどうだろう?まったりとした出汁が主役だ。醤油はあまり感じさせず、塩っぽい感じもぎりぎり避けることができている。全体に”薄い”印象を与えるが、出汁が控えめに、しかししっかりと主張するので、物足りない、ということはない。血圧によさそう。ついそのままぐびぐびと飲んでしまいそうになる。ひょっとすると、僅かに小魚系を加えてあるのかもしれない。しかし確信は持てず。甘さはごく僅かだ。マスプロの蕎麦つゆのように、万人受けするのではないか。しかしお店できちんと作っておられるようだ、というのが私の評価。お蕎麦との相性は大変良い。よくバランスした、食べ飽きないお蕎麦だ。薬味はおそらく、ほとんどもしくは全くさらしていない葱。新鮮でしゃきしゃきとしておいしい。このままお酒のツマミになるだろう。それからひと手間加えた生山葵、、、、これはものすごく効く。鼻汁を垂らしながらニコニコと食べ続けた。

上述のように、そこそこ量があるので、食べ終わる頃には心身ともに落ち着きを取り戻すことができた。コップでややぞんざいに出された水も、都心とは明らかに味が異なりおいしかった。別仕立ての蕎麦湯を心ゆくまで楽しませていただき、満足してお店を後にした。ごちそうさまでした。ありがとうございました。

良い;良質なお蕎麦を誠実に提供しておられる。地元に愛される名店であることは間違いない。お客さんがたくさん集まったときのお店の雰囲気も、心地よいものなのだろうと想像する。
もっとよくなる;このままでいいです。
また行く?;Yes
総括;谷保にある、地元の方々に愛され、支えられているであろうお蕎麦屋さん。まっすぐに誠実なお蕎麦を供しておられる。また機会をつくって伺いたいです。



2015年2月 大盛り 700円
久しく蕎麦というものを口にしていないことを思い出した。矢も楯もたまらず、一番近いお蕎麦屋さんに足を運んだ。朝11時からお店を開けておられるということを確認したうえでお店に伺った。昭和の薫りが漂う、普通のおうちのようなアルミのドアをカラリと開けるといきなりお店だ。山のお蕎麦屋さんのような独特な香り?が漂っているのだがこれはなんなのだろう。テーブルに腰を据えて大盛りをお願いした。このお店は門前の蕎麦屋さんであることを認識。

お盆に乗せて供されたのは、使い込まれたせいろに乗った、やや透明で、エッジの立ったお蕎麦。二八で、手打ち機械切りという印象。星は細かいものがごくわずかに。お蕎麦の薫りもほのかだが感じられる。数本のお蕎麦を手繰ってみると、さわやかな山の蕎麦のような、やや冷たいが噛みごたえのあるお蕎麦、なかなかいい。蕎麦つゆは、、、、これは前回とおなじ。ややうすめでカツヲ節以外の動物性の出汁も感じさせる、全体として上品なもの。これにワイルドでやや苦味を感じる長葱と、キックが効いた小さく丸く盛られた生山葵だ。

蕎麦はきちんと茹で、冷やして、水を切りまくって供されているのだが、冷え冷えだ。しげしげとお店の中を観察すると、窓がわずかに開けられており、調理場所の裏は開けっ放しで、なんというか吹き抜け状態。わかりやすく言うとものすごく寒く、外套を脱ぐことが結局できなかった。おかみさんは小柄でさっぱりした感じのいい方なのだが、ずっと鼻をすすっておられた。私自身も寒さが気になり、どうも今一つお蕎麦の味を堪能できなかった、というかよくわからなかった。何故お店を温めないのだろう。もう少し暖かい方がいいように思うのだが。

蕎麦湯は茹で湯にさらに蕎麦粉を加えたもので、ややだまになってしまっている、、、、が、、、これは温まる。助かった。すべて飲み切ってようやく体が温まり、お勘定をしてお店を後にした。それでも、久しぶりのお蕎麦はやっぱり好いものだと思った。次は国立のそば芳に行ってみようと考えている。

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国分寺 義喬 もりそば [日本蕎麦]

5月某日 国分寺 義喬 もりそば 850円

国立に所用があり、その後わざわざ国分寺で下車した。北口から外に出て、街をてくてくと歩く。地の利がないので、ごみごみしている街並みを歩いていると、どこをどの方向に歩いているのかわからなくなってしまう。小雨が降ってきたので気が急いてしまって、若者たちが列を作っているムタヒロに入ってしまおうか、などと邪な考えが脳裡をよぎる。しかしここ数年、私は特定のお店を除いてラーメン屋さんに入ったことはない。もうラーメンの時代は自分的には終わってしまったようなのだ。さみしいがあまり食べたいとは思わない。それで、気を取り直してさらにてくてくと歩き、”道に迷ってしまったかな?”と思う頃に、ようやくお店を発見した。暗い路地の片隅にうずくまるようなお店だ。渋い。

お店は目立つような照明がなされておらず、暖簾も出ていなかったので、そのような演出なのかもしれない、とも考えたが、実はもう閉店しようとしていたのかもしれない。なんというか、倉庫風の建物の”横っ腹”にしつらえられた引き戸を、ちょっとだけ勇気を出してからりと開ける。応対してくださった小柄でまだ年若いおかみさんと思われる女性に一人であることを告げた。テーブルを勧められた。よかった、断られなくって。

店内はあまり広いとはいえず、お店全体を一目で見渡すことができる。テーブルは4人用が3-4つ、大きいものが1つ。全体に和風のしつらえ。小ぶりな店内の廊下には、お蕎麦を挽く機械が二つも置いてあり、お店のお蕎麦に対する真剣な態度が反映されている。全体にお蕎麦屋さんらしい清潔感が感じられ、私のような清潔病患者にもお勧めできるレベル。テーブルに触っても、テーブルの木肌がさらさらとしており、安心して肘を預けることができた。こんなことはあまり書きたくないのだが、私のようなビョーキ人間にとっては、安心して座ることができ、肘を置いても嫌な気持ちがしないお蕎麦屋さんは、驚くほど少ないのだ。最近は一部の有名人たちが清潔病をcoming outしてくれているので、ビョーキ自体については知人たちにジョーダンで流すことができるようになって助かっているのだが、外食は実はちょっとハードルが高いのだ。チェーンの居酒屋さんなんて、本当のことを言うと私にとってはちょっとした地獄だ。酔っぱらってしまうしかない。ビョーキビョーキ。

ともかく、清潔な店内に安心してお蕎麦を待つ。手持無沙汰なので、日本酒を少々。お店の一押しらしい銘柄を2合。お蕎麦の味わいがわからなくなることがあるので、1合でやめることにしているのだが、ちょっと心身が疲れていて、上手くブレーキをかけることができなかった。まだまだ修行が足りません。こじんまりしたお店なので、ほかのお客さんのお話とか、調理の様子などは全て耳に入ってくる。あ、いま水で〆て、、、それをきっているな、、、という具合だ。このお店の売り物は天ぷら~お刺身~蕎麦、ということらしく、天ぷらやお刺身で日本酒を楽しんだ後にお蕎麦、という使い方が想定されているようだ。しかし私には悲しいことに時間がないので、少々の日本酒と共にお蕎麦だけ、といういつものストイックな態度で臨む。いつか時間がたっぷりと取れる休日に、このお店を訪れてみたいものだ。

まず、薬味が乗った小皿を乗せた蕎麦猪口が。ああ、これは困った。蕎麦つゆを全て飲み干すしかないパターンだ。血圧タカシ君の私としては、人生をできるだけ長く健康に楽しむために、涙を呑んで丹精込めて調理された蕎麦つゆを残すことにしているのだ。しかし仕方がない、今日は例外とするしかない。猪口に乗せられた薬味の小皿には、白く美しい、ほとんど水にさらしていないと思われる葱と、やはり生の山葵が少々。奇をてらうことのない、王道の薬味だ。例によって、お蕎麦を楽しむ前に、お酒のつまみとしてどんどんつまんでしまう。山葵は結構きく。涙をにじませながらつまむ。

やがて蒸篭に乗ったお蕎麦が供される。全体に色黒、挽ぐるみと思われるような、しかしかなり細く、しかも角が立った、つやつやとした男前なお蕎麦だ。適度な長さで食べやすいようにしつらえてある。よく趣味蕎麦のお店で見られるような、故意に粗びきにして蕎麦の粒々が目に見えるような、そういうお蕎麦のお肌をしている。細切りなのに星がたくさん。すでにしてぷんとよいかほりがただよっており、このお蕎麦は只者ではない、ということがわかる。細くすれば断面積が増えるわけで、かほりが立つのは計算済みなのだろう。おいしいのは間違いない、と舌ではなく目がすでに確信している。それで数本手繰って、いつものように鼻をぺったりとくっつけてクンクンと。至福の時間、桃源郷をしばしさまよった。お店の人の視線はこの際気にしないことにする。なんとも好いかほりだ。十割ではないと思うが、つなぎは感じさせない。正気に戻って数本を手繰って、、、また手繰って、、、。これはイケル。かなりのレベルのお蕎麦だ。細切りなのにしっかりと歯ごたえがあり、豊かなかほりとともに喉に僅かな穀物の引っかかりのような感触を残してお腹に滑り落ちてゆく。このまま食べきってしまってもいい。塩があるともっといいかも、、、、しかしここで気合を入れなおして蕎麦つゆを吟味。江戸前の蕎麦つゆの醤油・塩感をやや弱め、その分を角を丸めたカツヲ出汁で補ったような印象。なんというか、ちょっとだけ洗練されすぎかな?。甘さはほぼ感じない。甘い、と感じる直前で寸止めしているような感じ。蕎麦つゆのレベルも当然なかなかだ。澄んでいて美しい蕎麦つゆなのだが、例えばカツヲ節を粉にして加えてあるような、わずかな“粉感”を感じるのは何故だろうか。まあ、細かい話はいい。お蕎麦とのコンビネーションを楽しみながら、おいしく食べきった。つゆと比べて蕎麦が僅かに勝ってしまっているようだが、何の文句もない。素晴らしい。

細切りのお蕎麦は、なんだか“なよなよ”としているように見える。たしか昔伺って感動した本村庵のものもそうだった。せいろに“なよなよ”と、スミマセン感を漂わせながら横たわっている。そこはかとなく漂う悲哀感が何とも言えない。また、細切りのお蕎麦は供されてすぐに手繰らないと、見る間に腰が失われ、お蕎麦同士がくっついてしまう。そうなると日本酒でほぐすのが良い、とものの本に書いてあるが、自分的にはあまりそういう気障なことはしたくないので、一心不乱に手繰り続けるしかない。一瞬の芸術のようなものなのだ。お蕎麦ってやっぱり素晴らしいものなんですね。

いつも不思議に思うのだが、いわゆる名店であっても、街中の出前メインのお蕎麦屋さんであっても、もりに限って言えば、あまり値段が変わらない。何故だろう。もちろん量や質の違いは大きいので、そこが面白いのだが。だから安くって良質なお蕎麦に出会うことができると、とっても幸せな気分になる。しかし、お蕎麦に向き合う時は、お店の評判や値段のことを考えないことを個人的には基本的な態度にしている。

とろりとした蕎麦湯を存分に味わって、満足してお店を後にした。私にしては珍しいことだが、数少ない友人や家人を連れて、このお店を再訪したいと思った。みんな喜んでくれるのではないだろうか。

帰宅してすぐに記事を書き、なかなか勢いのある良い文章を綴ることができた、と自己満足していたのだが、新調したキーボードの操作を間違えたらしく、全て失ってしまった。書き直しの文章は、、、納得いかない凡庸な、まとまりを欠いた上記のようなものになりました。残念。人生って難しい。

良い;ハイレベルなお蕎麦を街中で誠実に提供しておられる 有名店と渡り合えるお蕎麦 お店も、おかみさんも、お蕎麦も、とっても感じが良い
もっとよくなる;このままでもちろんいいのですが、繁盛してお金持ちになったら、お店にお金をおかけになればさらに良いと思います 生意気でスミマセン
また行く?;Yes
総括;国分寺にある小ぶりなお蕎麦屋さん 天ぷら~お刺身~お蕎麦、という日本料理の王道を楽しめる また機会をつくって伺いたい

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浅草橋 あさだ せいろ おおもり [日本蕎麦]

6月某日 浅草橋 あさだ せいろおおもり 900円
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青森の田酒が大好きだ。昔で言うところのウェブサーフィンをしていたところ(最近はブラウジングとかいうのだろうか?)、田酒のサイトで都内のお蕎麦屋さんを紹介しているではないですか!これはなんとしても行かざるを得ない。浅草橋から歩いて3分だという。馴染み深い駅ではあるが、これまでほとんどこの駅で降車したことは無い。かなり無理をして、なんと平日に休みをとって! あさだ に伺った。

Webで目にした通り、大通り沿いの小ぶりなビルの一階がお蕎麦屋さんになっている。おそらく上の階にご家族が住んでおられるのだろう。このパターンは好きだ。確率的に居心地のいいお蕎麦屋さんが多いからだ。お人形屋さんなどが並ぶ、歴史を感じさせる街並みにお蕎麦屋さんが、、、なんともいい感じだ。さっそく暖簾をくぐってみる。一階は小さなテーブルがちまちまと並んでおり、結構な客の入りだ。お店は和風の造りで、店内は白木の壁に囲まれている感じ。二階は宴会専用というが、どんな造りになっているのだろう?

テーブルに案内されてすぐに田酒をお願いした。知っている人は知っている、あの独特のバランスの良い薫り。保存状態も良さそうだ。どのクラスのものか良くわからないが、すすってみるととても美味しい。全身が喜んでいる。健康に好いような気がする。まあ、美味しくない田酒に今までお目にかかったことはないけれど。昔々、”ヒネて”しまった田酒の一升瓶を買ったことがある。この時は、あまり悲しかったので蔵元に連絡を取ってみたところ、“着払いで送ってください”と、”ヒネた”お酒をわざわざ味わってくれ、私の意見に賛成していただき、販売店のせいにすることなく、新しい一升瓶と取り換えてくれた。感激した。それ以来田酒の盲目的なファンだ。とにかく大好きだ。あさだ の田酒はおそらくきっちり一合で900円、安くはないが、適切な値付けだと思う。私はお酒のおつまみを必要としない。だからすぐにせいろのおおもりをお願いした。“すぐにお出ししていいですか”と尋ねてくれたのは親切だと思う。

驚く程早く、お蕎麦が供された。赤っぽい透明感あふれる塗りのお盆に、やはり塗りの蒸篭。お蕎麦の盛りは、いわゆる高級なお蕎麦屋さんじ準じてやや少な目。薬味は小さなお皿に細く芸術的に切った葱と少量の生山葵の山。残念ながらお葱は乾燥してしまっている。素性がよさそうな生山葵も同様で、薫りがとんでしまっている。しかしめげずにそれらの薬味をつまみながら満面の笑顔で田酒を楽しんだ。

さて、お蕎麦に取りかかろうか。見るからに十割っぽい、ぽきぽきした感じのお蕎麦だ。中細、というか標準的な太さのお蕎麦で、断面はかなーり正確な正方形だ。一見してお蕎麦が太いわけではないのに何故かぽってりとした印象を与える。星は細かいものが僅かーにちりばめられたように認められる。お蕎麦は機械のように正確な幅に刻まれているが、手打ち、と明記されているので名人芸なのだろう。断面はやや粒々した感じだ。蕎麦の粒子?何らかの理由で茹でてから少し長めに時間がたってしまっているのかもしれない。そうかも。例によって人目を完全に無視して鼻をピッタリとくっつけてお蕎麦をクンクン。私の労多い人生における数少ない至福の時間だ(?)。しかし蕎麦粉は奥ゆかしくその香りを伝えてくるだけで、なんだかちょっと弱めで残念な感じ。ぷんぷんと薫りを訴えて来る必要はないのだがそれにしてもちょっと寂しい。わずかなつなぎの印象も感じる、、、。それでもしかしかなり上質なお蕎麦であることは間違いない。何度か通えば、今回のみのことなのか、baselineなのかはっきりするだろう。何度か時間を作って伺ってみたい。言いたいことがないわけではないが(偉そうですみません)、お蕎麦はなかなかいいと思った。そのままツルツルと何度か手繰ってみる。おいしい、合格だ。それで蕎麦つゆの方は、、、。方向性としては江戸前であるが、例の濃くって真黒な江戸前の蕎麦つゆを出汁ですこし薄めてカツヲだけではなく小魚系を少しだけ足しているような印象。特別なカツヲ節を使っているとのこと。醤油というよりも塩をやや強めに感じさせるような蕎麦つゆだ。個人的に、お蕎麦との組み合わせがほんの少しだけしっくりこなかったので、頭の上に疑問符をつけつつ何度も味見をして、結局全部飲んでしまった。私の血圧はどうなるのだろう?お蕎麦の三分の一程度を蕎麦つゆにくぐらせて手繰ってみると、十二分においしい。しかしほんの少しだけ蕎麦つゆがお蕎麦に負けているような。タイミングよく供された蕎麦湯を全て飲み干して、満足してお店を後にした。お酒の追加は我慢した。

本日はものすごい発見があった。平日の日中のお蕎麦屋さんは、お婆サマたちが主役であり、場を支配しているということだ。彼女たちの言動(複数おられて場を完全に支配していた)は桁外れにすごかった。たくさんの人が食事中なのに爪楊枝で大きな音を立てる人、鼻の掃除をする人、薬をガンガン飲む人(これはしかたないか?)、蕎麦湯でうがい(!)をする人、大きな声で狂ったようにおしゃべりをする人、、、。入れ歯を掃除する人や、鼻に何か良くわからない薬のようなものを突っ込んでいる人を目にしたときにはさすがに驚いた。周りの食事中の人達にどんな不愉快な印象を与えるか、全く気にしていない。複数のお婆サマたちが、気ままに思うがままにふるまっていた。男子はこうはいかない。多くの男子たちは社会に出て働いているわけで、良くも悪くも飼いならされている。人に嫌な思いをさせたり迷惑をかけるような行動を繰り返せば、社会から弾き飛ばされる。蕎麦湯でうがいをする人などはいない、、、と思いたい。上記のような狼藉を繰り返すお婆サマが実は私の隣の席にもおられたため、目のピントをぼかし、おぞましい音を聞かないようにして、お隣の席で何が起こっているのか考えないようにして、自分の世界に没頭してお蕎麦を楽しむようものすごく努力する必要があった。(例;うがいをしている蕎麦湯がこちらに飛んできたらどうしよう)強烈なお化粧?の匂いも殺人的だった。だから本日のお蕎麦の評価が辛めになったとしても、どうか許して欲しい。大変たいへん恐縮だが、次はお婆サマ抜きでお蕎麦を食べに伺いたい。本当は、私自身が小さいことにこだわらない、おおらかな人間になることができれば良いのだが。まだまだ修行が足りないです。

良い;浅草橋にある老舗と思われるお蕎麦屋さん。手打ち十割蕎麦。いいお酒をいい状態で提供してくれている。お店も従業員の方たちも清潔感があってよい。
もっとよくなる;お客さんの蕎麦湯のうがいとか入れ歯の掃除とか、非常識なことはどうしたらやめていただけるのでしょうか?(涙目)
また行く?;Yes
総括;浅草橋にある老舗のお蕎麦屋さん。おつまみは各種取り揃えており、お酒の品ぞろえも素晴らしい。夜になると、どんな人たちが集まるのだろう。妖怪だったりして。(スミマセン)
タグ:日本蕎麦
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三郷 青山 おおもり  [日本蕎麦]

某月某日
三郷 青山 おおもり  630円SH380120.jpg

お目当てのお店が暖簾を外していた。当てが外れてしまった。PCも持っておらず、土地勘もないため、仕方なしにそのあたりをまったりと車で流していた、、、、するとあったよあった。良さそうなお蕎麦やさんだ。早速車を廻してお店に突入だ。店中はこれ見よがしに和風で、お琴の音楽まで流れている。お店の構えは立派であるが、ややお掃除が行き届いていない印象。まあこれはいい。私はどうせ清潔病だ。さっそくメニューを、、、、おお、、、おおもりが630円。なんとも良心的だ。地方都市はこうでなくっちゃあ!さっそくお願いしてみた。

使い込んだ漆塗り風のお盆に乗せられたせいろに乗せられてお蕎麦が到着した。大盛りというよりは中盛りくらいだがそれはまあいい。630円だし。更科風の真っ白いお蕎麦だが、、、よくみると星が点々と。角がぴしりと立ち、中太のお蕎麦はまごうことなき機械打ちだ、と主張している。しかしお蕎麦は長すぎるようなことはなく、適切な長さに切りそろえられている。お鼻をフガフガすると、かそけきかそけきお蕎麦の薫りだ。つなぎが多めのお蕎麦ということなのだろうか?多分そうなのだろう。だからと言って悪いというわけではもちろんない。食べてみなければわからない。薬味は、あらかじめ味を調えてある粉山葵と、力強い地物と思われるふっといお葱だ。美味しくそのままいただいた。蕎麦つゆは一見江戸前だが、醤油が前面に出てしまっている。少量すすって、醤油の次にカツヲが現れるのを待っていると、、、確かにどこかに隠れているのだが、、、小魚系の出汁が顔を出す。しかしそれでもそれが悪いということではない。好みの問題だ。私は結構好きだと思った。蕎麦は上手に茹で、〆てあるが、一緒に食べると蕎麦つゆにやや負けてしまっているかもしれない。

赤い漆塗り風の可愛い蕎麦湯の急須?から全ての蕎麦湯をありがたく飲み干し、満足して雑用に戻った。

良い:郊外にある大きなお蕎麦屋さん。
もっと良くなる;お掃除を、、、これはもういいか。
また行く?;近くを通りかかったら、Yes
総括;埼玉の郊外にある、蕎麦割烹風のお蕎麦屋さん。お蕎麦もなかなか頑張っておられるが、おそらくお料理で勝負しているお店なのだと思われる。地元の、やや高級なお店なのだろう。
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松本 月の蕎麦 天ぷら付大ざるそば [日本蕎麦]

7月某日
松本 月の蕎麦 天ぷら付大ざるそば 1380円

非常に重要な所用があり、かなり緊張して松本までOne day trip。一人きりの小旅行は期待を裏切らない、大変楽しいものだった。楽しみにしていたお蕎麦屋さんに、地元の方にお連れいただいた(ご迷惑になると困るので詳細は省く)。このお店は、”普通のレベルのお蕎麦屋さん”とのこと。お蕎麦の里の実力やいかに?以前仕事で松本を訪れた際に、ホテルでお蕎麦が供され、そのレベルの高さに驚いたことがある。しかし地元の人々は当然のように”こんなの全然”とおっしゃった。印象的であった。

田舎蕎麦をお願いして、地元の方と楽しくお話をしながら待つ。さて、お蕎麦の到着だ。お盆の上ににぎやかに天ぷらと並べて盛られている。天ぷらのことは詳述しないが大変結構でした。蕎麦つゆと天つゆは当然のように別にしてある。よしよし。

お蕎麦をじっと観察する。中太の程よい太さのお蕎麦だ。角は手打ち風にやや丸いか?しかし全体として機械打ちのような印象を受けた。しかし手打ちを謳っているようだ。どちらにせよ、文句は全くない。星が点々と景気よく舞っている。断面は、都内の高級お蕎麦屋さんでよくあるパターンで、お蕎麦の粒々を感じさせるようなぼこぼことした感じ。鼻を近づけると(人前なのでさすがにお鼻をぴったりくっつけてクンクンはできない)控えめだが好い薫りだ。すがすがしい気持ちになる。長さも程よい。山のお蕎麦屋さんなので、ものすごく大盛りかと思ったがそうでもなく、300㌘とのこと。そのまますすってみると、ややねっとりとしていてなかなか好印象、美味しいお蕎麦だ。茹でも〆もきちんと。蕎麦つゆ?蕎麦つゆはどうだろう。地元の人は、”つゆは江戸前が良い”、というが。やはりかるくすすってみると、ソフトだがカツヲの好い薫り。醤油もみりんも上手に一体化して形になっている。ちょっと甘めかも。江戸前と比べると、なんというか、味を下の先の方で感じる様な印象を受けた。神田では、もっと蕎麦つゆを下の付け根で味わっているように思う。苦味の問題か?この蕎麦つゆを煮詰めてもおそらくこの印象は変わらないだろう、たぶん。しかし美味しいかと言えば十分に美味しい。バランスを考え、蕎麦つゆをちょんづけではなく大目にくぐらせてからお蕎麦を手繰ると、、、美味しい。しかし蕎麦つゆはお蕎麦にやや負けているのかも。薬味は大量の細目のお葱と、粉っぽい印象を与える山葵だった。これは例によってお蕎麦とは別々に食べた。普通に美味しかった。

私はお蕎麦の里で考えた。やはりお魚は海辺が、お蕎麦は山の中が好いようだ。普通の何気ないお蕎麦屋さんでこのレベルだよ?おそらく頑張って探せば、このあたりなら、安くって山盛りのお蕎麦が、やや残念な蕎麦つゆでお腹いっぱいに食べられるお店が何軒もあるのだろう。江戸前の洗練、、、確かにスバラシイ。しかし素材はどう考えても産地の圧勝だ。水も、空気も強烈に美味しいし。それでもなにも難しく考えることはない。両方とも楽しんでしまえばいいのだ、そうだそうしよう。人生楽しむことが大切だ。

美味しい旅蕎麦だった。ごちそうさまでした。中身の濃い、大変好い一日でした。

良い:お蕎麦の里にある、料理も得意な、おそらく宴会も受けると思われるお蕎麦屋さん それでもお蕎麦のレベルは普通に高い
もっと良くなる;このままでいいとおもいます
また行く?;Yes 松本でいろいろと面白そうなお蕎麦屋さんを探してみたいです
総括;お蕎麦の里長野県は松本にある蕎麦割烹風のお蕎麦屋さん お蕎麦もかなり頑張っておられる 産地はやはりすごい スバラシイです
タグ:日本蕎麦
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安曇野 こねこねハウス 十割蕎麦 二人前 1800円 [日本蕎麦]

安曇野 こねこねハウス 十割蕎麦 二人前 1800円
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自分の身の回りにあるお店を大切にするべきだ、という意見には賛成だ。しかし人には(たぶん)誰にも旅心というものがあり、時々遠くに行きたくなるものだ(と思う)。最近は、愛車を駆ってドライブを楽しみ、どこか遠くでお蕎麦の世界に浸る、という、"ride and soba"という遊びに凝っている。

今回は、最近気に入っている長野県まで足を延ばし、そこで現地の方に密かに教えていただいたお店に入ってみた。なんだか半官半民のようなお店であり、蕎麦の打ち方まで教えてくれるのだという。ふむふむ。しかし”こねこねハウス”という名前は曲者で、なかなか見つからないため、そのうちに記憶が怪しくなって、近隣の人に何度も”もみもみハウスどこですか?”と訪ねておかしな顔をされた。欲求不満なのか?そうかもしれない。遠慮深い?性格なので、木に邪魔されて良い写真が撮れなかったことは許して欲しい。

結局300㌔ほど高速道路のドライブを楽しんだ後に、しずしずとお店に入った。田んぼを少しずつ埋め立てていったようなところに立っている、木材を強調しつつ、天井が非常に高いモダンな建物だ。安曇野の澄み切った空気がおいしいお蕎麦の予感をいやがうえにも高め、ついつい素晴らしい味を期待してニコニコしてしまう。正直に言って、すこしだけよだれも垂らしました。ともかく、勧められるままにテーブルにつき、出された蕎麦茶をすすりながらメニューを見て、十割蕎麦に決定した。おばちゃんはあまりやる気がないようだが、お蕎麦の値段は結構強気の900円だ。めったに来ることができないと思い、大盛りではなく2人前お願いして、お蕎麦でおなか一杯になろうと考えた。

蕎麦茶をずるずると楽しみながらしばらく待つと、ようやくお蕎麦が供された。黒塗りの四角いお盆に使い込まれたざる、お蕎麦は山盛りになっている。それ以外には蕎麦猪口、加えて薬味だ。薬味は多めの晒し葱に加えておそらく近くでとれた生山葵、さらに青首大根とおもわれる緑色の大根が添えられている。さらにさらに、いぶりガッコと野沢菜の漬物が、ほんの少しだが添えられていた。これらは例によって、お蕎麦とは別に楽しんだ。それぞれにおいしい。本物感にあふれている。お酒が欲しいがここは我慢だ。

お蕎麦は全体になよなよとしているが、細切りできりりと角が立っている。やや透明でちりばめられた星が目立つがお蕎麦の粒子はほとんど見えない。短かめだがお蕎麦の幅は細く等しくきっちりとそろっており、手打ち機械切りなのかな?と考えた。十割というが、かおりはさほど強くたつことなく、遠慮がちにざるの上で体?を横たえている。全体に漂うなよなよの感じは、私の中では荻窪の本村庵に似ているように思った。

例によってお鼻にペットりさせつつお蕎麦のかほりを胸いっぱいに吸い込んだ後、ようやく数本を手繰ってお口にほうりこんで ”もむもむ”とやった。歯ごたえではなく、のど越しを楽しむような細さだ。それでも何度も大目に手繰ってしつこく”もむもむ”とやってみる。味もかほりも控え目ではあるが、確かに上質なお蕎麦だ。安くはないがなかなかいいぞ、とにっこりしてみる。何にも代えがたい、シアワセな瞬間だ。

二人前だけあって結構な量があり、お蕎麦が”ふにゃって”しまう前にどんどん食べてしまわないといけないのだが、数本をお箸で手繰りつつ、安曇野の自然を眺めて詠嘆したりした。親父一人なのにバカ丸出しだ。それじゃあ今度は蕎麦ツユだ。蕎麦猪口に少量いれて、口に含んでみる、、、、う、、、これは甘い。カツヲ節をメインとした出汁に、やはり少量の小魚系の味が。醤油と一体化しているが、酒と味醂の味わいを感じた、、、、そのあとになんというかぬもっとした、いやーな甘さが舌を刺激する、、、、化調か?化調なのか?たぶんそうだ。これは残念だ。錯覚だといいのだが。それでもあきらめずに何度かお蕎麦を付けて試してみる。大目に蕎麦ツユを浸してちょうど良い濃度に調整してあるようで、微妙な化調の味から逃げることができない。糞(失礼)。それで、テーブルに用意されていた、おそらく天ぷら用と思われる塩でお蕎麦を食べてみたりしたのだが、しばらくすると化調の味にしたが慣れてしまった、、、ので、結局蕎麦ツユでどんどん食べ進んでしまった。恐ろしいことだ。

すべてのお蕎麦を食べ終え、割と薄めの蕎麦湯、さらには蕎麦茶のお代わりをすべておなかに収めて、おなか一杯(ちゃっぷんちゃっぷん)になってお店を後にした。私が当日最後のお客さんだったようで、人気のないお店はがらんとしてちょっとさみしくはあったが、お店の外に漂う安曇野のまだ冷たい風は、頬に気持ち良く感じられた。その後再び300㌔のドライブを楽しんで帰宅したオヤジであった。

良い; 山地に近く、良質の水も得やすいので、おいしいそばを供するための条件が整っている。プロがお蕎麦の打ち方を教えるようなお店なので選んで間違いはない。ただしあの蕎麦ツユは本当に残念だった。
もっと良くなる;お蕎麦に合わせた素直な蕎麦つゆをお願いします。言うほど簡単ではないことはわかっておりますが是非お願いしたいです。
また行く?;Yes
総評;おそらく知る人ぞ知るお店なのだろうと思われる。お蕎麦のうち方も専門家に教えていただけるし、自分でうったお蕎麦をその場で食べることもできるそうな。どのくらい地元に溶け込んでいるのか、興味があるところ。
トイレ;さわやかな風の分おまけして70点くらいでした。そうです私は清潔病です。
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千歳烏山 伊勢喜 大もり 730円 [日本蕎麦]

千歳烏山 伊勢喜 大もり 730円

週末なのに働いた自分にお蕎麦を。出先の近くで目についたお蕎麦屋さんに足を運んだ。古い街の古いお蕎麦やさん。建物はかなーり歴史がある感じで、なんというか昭和を目一杯感じさせる。内装も同様で、ぎりぎり清潔、と表現できるレベル。しかし携帯や喫煙は禁止になっており、なかなかこだわりのある親父さんがやっているようだ、うむうむ。

十割とか田舎とかもあるようだが、普通の大もりをお願いして出方を見てみる。お茶が出された。味は良いが、どうも吉野家のように濃縮したお茶を薄めたようなものに見える。繰り返すが味も香りも悪くない。適切な時間が経ち、茹でられ〆られたお蕎麦が供された。

使い込まれた蒸篭の上に、適度な量のお蕎麦。やや細目でエッジはやや丸まっている。星も蕎麦の粒子も見えない、見るからに二八的なお蕎麦だ。しかしお蕎麦のよい薫りは十分に楽しめるし、調理もとっても上手だ。まずはそのまま”もむもむ”し、次にもう一度お鼻にペットリとさせて蕎麦のかそけき薫りをたのしんだ。いい薫りだ。味的には二八よりもう少しつなぎが多い印象。繰り返すが薫りは外見よりはるかによい。むっちりではなくぷっつりという感じで切れてゆくお蕎麦だ。太さはそろっており、機械で切ったものだろうが長さは適切で食べやすい。薬味はいい感じにさらされた葱と、粉山葵だ。ビジュアルはさえないが、両方ともなかなかおいしい。質実剛健お蕎麦屋さんのようだ、ここは。

蕎麦つゆ、、、蕎麦つゆはどうか?蕎麦猪口になみなみ、という、血圧に悪いスタイルだ。すこしだけ口に含んでみると、、、全体に薄いが、カツヲ系の出汁は十分に効いている。みりんと思われる甘味がやや強く出ており、同時に醤油ではなく塩味が強く舌を蹴る。美味しいが、もうすこし濃い目の方がいい。しかしそれは個人的な好みというものだ。いい悪いではない。質実剛健的には合格だ。

この組み合わせだと、お蕎麦の8割くらいを蕎麦つゆに、、、などと考えながら、美味しく完食した。蕎麦つゆは茹で汁そのものでものすごく熱かった。蕎麦つゆを残し、失礼とは思ったが湯のみで数杯楽しませていただいた。場所柄を考えると、大もり730円は安いかもしれない。とりあえず短時間で楽しくお腹いっぱいとなり、ニコニコとお店を後にした。


良い; 町のお蕎麦屋さん。気取りのないところ、お蕎麦の品質にそれなりにこだわっているところが良い。気軽に暖簾をくぐれば良心的なお蕎麦が廉価に楽しめる。質実剛健お蕎麦屋さんだ。常連さんが多数いる様子。

もっと良くなる;このままでいいかな?ただお蕎麦や薬味のプレゼンテーションにもう少しだけ工夫するといいかも。見かけよりもはるかに味が良いので損をしていると思う。お店を改装すると高くなるだろうし、気軽な感じは残してほしい。
また行く?;Yes
総評;千歳烏山の、古くからの駅前にあるお蕎麦屋さん。町の人たちに愛されている日常に溶け込んだお店。
トイレ;未使用
タグ:日本蕎麦
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西荻窪 一水 大もり 880円 [日本蕎麦]

西荻窪 一水 大もり 880円

所要があって西荻窪へ。駅前を歩くと、いつも通りごちゃごちゃとして昭和を感じさせる佇まいだ。雑多なお店があるが、意外な有名店も交じっていたりするのが面白い。昔々、本を読んで憧れていたいわゆる“ジャズ喫茶“のアケタの店を発見してコーフンしたり。結局仕事はうまくいかず、時間が余ったため、念願の鞍馬へ足を運んだ、、、、しかし人が沢山並んでいる。並ぶ価値は恐らくあるのだろう、しかし私はお蕎麦屋さんに並んで入るのは嫌なのだ。理由は自分でもよく分からない。とにかく厭だ。それで、すぐ近くに、運よく小体なお蕎麦屋さんを見つけたため、多くを期待しないことに決めてするりと中に入ってみた。手打ち蕎麦云々、と書いてある。有名な鞍馬のこんな近くで営業しており、どうも外見から判断すると開店して間もないようだ。おそらくそれなりに対抗してやってゆく自信があるのだろう。お店の入り口わきにお蕎麦を打つ場所がしつらえてあり、ガラス越しに中を眺めることが出来る。狭いが本格的だ。良いお店の予感、、、。期待が高まる。

お店に入ってみると、日中なのにいい年をした大人たちがおしゃべりしながらお酒を飲んでいる。うらやましい。店内は狭くはあるが、まだ新しく清潔であり、一見して小さく小奇麗な喫茶店のようだ。BGMは結構本格的なJazzであり、スピーカーはアメリカが誇るBOSEを天井からつるしてある、、、。ナルホド。オネイサンは女子大生風でまた若く初々しく感じが良い。知的で気が強そうで、やはりジャズ喫茶に似合いそうな雰囲気を漂わせている。調理場にはゴマ塩頭でくせ毛のオジサンがスタンバっており、注文を待っている。

蕎麦茶がでたのだが、これは強烈に香ばしく、大変おいしかった。自家製?これは只者ではない。すかさずいつものように大もりを注文だ。10分経たずにすぐに供された。早い早い。皿の上にざるを乗せたスタイルで、水切りが心配だったがそれには及ばなかったようだ。上手に水がきれている。きれいな輪切り葱と、生山葵が付け合せだ。さっそく中位の太さでエッジがきりりと立っており、細かい星が散った、予想外に香り豊かなお蕎麦を口にふくんで“もむもむ”とやってみる。味はマイルドでやや淡白な感じ、しかしこれはかなりおいしい。しげしげと眺めてみてもお蕎麦の粒子は感じさせず、見かけ、味、香りから、二八ほどはいかないが、少量のつなぎを感じさせる。好みにもよるが、これはかなり上質なお蕎麦だ、これはもうけものだ。

蕎麦つゆは、薫り高く、外見に透明感がある。少量口に含んでみると、まごうことなきカツヲ出汁で、混じりっ気が無く見かけどおりに澄んだ味わい。濁りを感じさせず塩気ではなく出汁で食べさせる感じ。神田の名店などと比べると、かなり“薄い”、しかし物足りなく感じることは無い。おいしい蕎麦つゆだ。バランスを考えて、やや多めに蕎麦つゆをくぐらせて、わしわしとお蕎麦をたぐった、、、それで、いつものように、あっという間に食べ終えてしまった。仕事があるので残念だがお葱はそのまま残させていただき、山葵を楽しみながら、茹で湯そのものの蕎麦湯を3杯ほど楽しんでからお店を後にした。おいしかった。

今日もまた鞍馬のお蕎麦を食べる機会には恵まれなかったが、このお店は拾いものだった。満足して仕事に戻ることが出来た。

良い;本格派お蕎麦屋さん。いまのところ有名店ではないので、空いているのがありがたい。オネイサンともども清潔で感じが良い。音楽も良い。
もっと良くなる;このままでいいかな?何の文句もないです。オネイサンは娘さんという噂を聞きましたが本当ですか?
また行く?;Yes
総評;西荻窪のおそらく開店間もない小体なお蕎麦屋さん。小さいが本格派だ。今後の展開に期待したい。このあたりにお蕎麦がおいしいお店が密集しているようだ。スバラシイ。
トイレ;未使用

タグ:日本蕎麦
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小岩 蕪村居 十割重ね 1100円 [日本蕎麦]

小岩 蕪村居 十割重ね 1100円

よさそうなお店を見つけた。ロケーションは最高とは言えないが、少なくとも都内だ。ちょっと頑固で口うるさそうなオヤジさんが、蕎麦好きが嵩じてお蕎麦屋さんになってしまって始めたお店であるらしい。本当か?なかなかいい話ではないか。機会に恵まれて、小岩まで足を運んでみた。

確かに環境は最高ではないかも。怖いお兄さんも複数路上を闊歩しておられる。小岩駅をでてから、沢山の客引きのお兄さんたちも声をかけられ、異国情緒豊かな一帯を抜けてようやくお店を見つけることが出来た。おお、こんなところに突然渋いお蕎麦屋さんが、、、、。からりと戸をあけて中へ。

入口の脇に、大き目な蕎麦打ち場が。使い込まれた道具が並べられており、本気でお蕎麦に向き合っている感が充満している。いいぞいいぞ。期待が膨らむ。感じのいいおかみさんと思われる女性に案内されて席についてみると、周りの人たちはみんなお酒を呑んでいる。私も一杯やりたいのだが、ここはぐっと我慢してお茶で済ますことと心に決めて、十割蕎麦の重ねをお願いした。お店には天井から小ぶりなJBLがつるされ、クラシックが流されている。いい感じだ。

場所柄居酒屋として使われることも多いらしく、お酒のつまみも充実しており、お店の中も居酒屋のかほり、つまり油のかほりがこびりついている。ちょっと残念だが仕方がない。すぐに供された蕎麦茶は、、、、渋さと苦みを感じさせる、深い味わいのお茶で感心した。ダッタン蕎麦茶というヤツだろうか?自身は無いがたぶんそうだろう。お茶の余韻を楽しみながら、今日の疲れを癒しつつ、目をつむってお蕎麦を待つ、、、、待つ、、、、待つ。まず蕎麦つゆが供されたが、蕎麦猪口に小皿を乗せるスタイル。小皿にはさらした葱とひと手間加えた風の生山葵。お葱は残念ながらやや“すえて“おり、酸味を感じさせるものであった。閉店が近かったので、ちょっといたんでしまったのか?まあいい、許してしまおう。山葵は薫り高く、不必要にからすぎることもなく、とても良いものだと思った。蕎麦つゆは、、、、なんだか西荻の一水と似ているぞ?透明感を感じさせる、濃すぎない蕎麦つゆ、しかしここのは僅かなみりんによると思われる甘さが舌に残る。正しいカツヲ出汁がビンビンと主張している。おいしい。バランスが良く、全てが一体となった味のハーモニーを奏でている。蕎麦つゆを猪口に残して店を後にすることは出来ないだろう。お蕎麦そのものはどうだろうか?

重ねをお願いしたので、せいろが2枚。十割であるので予想はしていたが、かなり太めでそれでも角がきちんと立った、穀物の粒子を感じさせる、星が多量に混ざったお蕎麦だ。田舎蕎麦というやつだ。見かけは最高で、本当においしそうだ。ついついコーフンしてしまう。ものすごく手がかかっていそうだ。クンクンすれば、野趣豊かな穀物の薫りが漂う。挽きぐるみというやつなのだろうか?とにかく数本手繰って、、、というよりもお箸で“捕まえて”、お口に放り込んで“はむはむ”してみる。“もむもむ”することは不可能だ。のど越しではなく、良く噛んで楽しむべきお蕎麦だろう。歯触りもむちょむちょとしており、なかなかの快感だ。これは業物だ。掛け値なくおいしいのでどんどんそのままたべてしまう。せいろが一つ終わってしまったので、思い出して蕎麦つゆを使って次のせいろを楽しむこととした。ちょん付けではなく、お蕎麦をそのままドブリと蕎麦つゆに浸す。しかしそれでもお蕎麦が軽々と勝ってしまい、バランスはいまいち。お塩で食べるといいのかもしれない。某老舗の蕎麦つゆを合わせてみたいと考えてみたり。思いを巡らせながらあっという間に食べ終え、猪口に残された蕎麦つゆはそのままつるりと飲んでしまった。血圧に悪いが人生理屈だけでは生きてゆけない。

このあと、茹で湯に多少蕎麦粉を足したような印象の蕎麦湯を楽しみ、さらに蕎麦茶をおかわりし、全て飲み干してお店を後にした。満足だ。ご馳走様でした。今度は二八を心ゆくまで味わってみたい、と思った。せいろ3枚というのもあるらしいので。

良い;都心を離れた小岩には珍しい本格派お蕎麦屋さん。頑固おやじ風のご亭主がいい味を出している。お蕎麦も蕎麦つゆもかなりのレベル。
もっと良くなる;場所柄すこし高いかな?経営上居酒屋機能も必要であろうから仕方がない事だが、油のかほりがしないと更にステキ。
また行く?;Yes
総評;小岩にある隠れ家的な本格的お蕎麦屋さん。居酒屋的な機能も十二分に果たしてくれる。居酒屋の油臭いかほりさえなければ、高レベルなお店だ。スバラシイ。
トイレ;未使用

タグ:日本蕎麦
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奥多摩 丹三郎 [日本蕎麦]

6月1日
奥多摩 丹三郎 せいろ 800円
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奥多摩の山道をひたすら登っていくと、坂を上りきる直前に、山肌にへばりつくように立っている、古民家を利用したと思われるお蕎麦屋さんがある。何とか行ってみたいと思っていたのだが、私が愛用するクルマは、お店へと続く大きなギャップを乗り超えることが出来ない。つまり頭の悪そうなシャコタングルマに好んで乗り続けているため、これまで何度も涙をのんできたのだ。

しかるに本日は、車高の高めな普通のクルマを拝借して奥多摩に来ることが出来たので、喜び勇んで丹三郎に足を進めた。おお、着いたついた。久しぶりに目にする丹三郎だ。ギャップを乗り超えて蕎麦食いに行くぜ!よっこいしょ、、、、と、、、、。おなかをすることなく進むことが出来た。よしよし。初めて目にする風景なのだが、山肌へと向かう急なスロープを上がるとすぐに駐車場があり、山門をくぐって奥に進むと立派な和風の民家が建っている。意外と奥行きが狭く、お蕎麦屋さんの敷地はすぐに山へととけこんでしまう。この渋い建物がお蕎麦屋さん、ということのようだ。ふむふむ、なかなかよろしい。喜び勇んで店の中へ。靴を脱いで、親戚の家にお邪魔するようなスタイルでお店へ。わたしは本当はこの方式は大嫌いなのだが、背に腹は代えられない。お店は手を入れた古民家そのものであり、使い込んだ畳がいい味を出している。たくさんの座卓が並べられており、数人ずつのグループが各々でお蕎麦を楽しんでいる、、、、スバラシイ風景だ。純和風の建物ではあるが、一番外側にはしっかりとアルミサッシが入っており、現代的な技術もしっかりと取り入れられていて快適だ。蚊取り線香も焚いてあり、やや薄暗い店内は雰囲気たっぷり。“山で蕎麦食ってる”感にあふれている。

席に案内され、周りの人が歩くとぐわんぐわんと床が動く、なんだか華奢な畳が並べられた床の感触を楽しみながら煎茶を頂く。水が良いためだろうか、これはかなりおいしいぞ。佃煮的なお茶請けも同時に供された。そしてせいろを2枚注文した。だって大盛りは駄目だっていうからそうするしかないのだ。まず薬味が登場だ。小皿にさらし葱、その脇に新鮮な生山葵。各々鮮度が高く、葱はやや水にさらしすぎているきらいはあるが、新鮮でおいしい。例によってお蕎麦と一緒に食べることはせず、各々をおつまみの様に口にして楽しんだ。日本酒が欲しいがそれは無理というものだ。

さて、お蕎麦が到着した。せいろに乗せられた短めかつ細めの手打ち蕎麦だ。二八と思われる色で、薫りはやや控えめ。お蕎麦のお肌は穀物の粒ツブ感を表現している。さて、まずはそのまま、、、、、細いのになんだかもっちりとしており、ほのかなお蕎麦の薫りは鼻をぺったりとしてスースーと相当頑張らないと感じることが出来ない。逆に若干の小麦臭がある。こいつをしつこくクンクンしていると、近くで焚かれている蚊取り線香の渋い香りと一体化してしまって訳が分からなくなる。お蕎麦と蚊取り線香、残念ながらあまりいい取り合わせではないようだ。

それで、満を持してお蕎麦を多めに手繰ってお口に投入し、いつものように”もむもむ”とやってみる。細いのにもっちり感のあるお蕎麦で、のど越しも良い。コクはやや薄いかもしれない。もちもち感が突出して強いのがどうもナゾだ。それでもかなりおいしい。量も都心の有名店のように少なくはない。どんどんと食べてしまうが、、、おっと、蕎麦つゆをわすれていた。

ここの蕎麦つゆは小さな徳利に入れて供されたが、キンキンと冷やされている。人啜りしてみると、、、お醤油というかカツオというかアルコールというか、判然としない酸味を伴う微妙な発酵成分が鼻を刺す。何かがいたんでいるような感触にも似ており、たまに出会う味ではあるが、私はこの感じがあまり好きではない。ひねているというか。僅かに梅干を混ぜ込んである、という感触にも似ているようだ。全体にあまり濃くはない、さらりとした印象を与える蕎麦つゆ。上質か?そう思う。しかし残念ながら好みではない。お蕎麦との相性も、別々に味わった時の印象を超えるものではなかった。お口の中で結婚させても魔法はおこらなかった。残念だ。それでも前向きに蕎麦つゆ少なめでお蕎麦を楽しみ、短時間で完食した。人生前向きに楽しんだ方がいいよね。

その後別仕立てと思われる、とろりとしたポタージュ状の蕎麦湯を心ゆくまで味わい、何度か煎茶もおかわりさせていただき、最終的には”かなーり”満足してこの素敵な山のお蕎麦屋さんを後にした。作務衣を身に着け、畳にぺたりと座って接客するご亭主と思われる方と、おかみサン的な方、また、アルバイトと思われる方たちの応対と微笑みは、気持ちの良いものでした。せいろを2枚お願いしたのだが、多人数分作られたと思われるロットはお蕎麦が既にふやけつつあり、お葱の水キレも極端に悪かった。しかし2枚目はお蕎麦の茹で方、水の切り方、全て適切であり、まるで別の食べ物の様に感じられた。調理をする方が複数おられるのか、大量に茹で作業を行った際はどうしてもばらつきが出てしまうのか、本当のところはわからなかった。

良い;奥多摩にあるこだわりの(と思われる)お蕎麦屋さんの一つ。この地域で最も有名なお店なのではないだろうか。“いかにも”な門構えもよい。お蕎麦はなんというか上品な印象。客の平均年齢も高めな印象。
もっとよくなる;個人的な好みにすぎませんが、お蕎麦のかほりがもうすこしだけたっているとよりよいかも。このままでもちろんよいと思いますが、地元の蕎麦粉をつかったりするとなおスバラシイです。田舎風の黒くって太いお蕎麦もあるといい。
また行く?;Yes
総括;奥多摩の山里(なのだろうか)にある、古民家を利用した雰囲気のある有名店。遠路はるばる訪れる方たちも多いらしい。
トイレ;手入れが行き届いており、快適に使用できた。

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